History of Amenities

ホテルのアメニティ、
昔はどうだった?

ホテルのアメニティ

「テレビカード」を覚えていますか?廊下の自販機で買って、カードリーダーに差し込む——。 今のホテルでは絶対に見かけない、あの光景。

ホテルのアメニティや設備は、時代とともにじつに大きく変わってきました。 昭和・平成の「当たり前」が消え、令和の「当たり前」が生まれる。 この記事では、ホテルの変遷をひとつひとつ振り返ってみます。

01テレビカードとVODの変遷

1980〜2000年代初頭のビジネスホテル。チェックインしてひと息つくと、 テレビの横に「有料放送はこちら→廊下の自販機でカードをお買い求めください」の案内が。 1,000円を入れて磁気カードを買い、テレビ横のカードリーダーにセット。 これが当時の「夜のエンタメ」でした。

ホテル側にとっても、設備投資後の運用コストが低く安定した収益になる おいしいビジネスモデルでした。でも2000年代後半、ブロードバンドの普及で あっという間にVOD(ビデオ・オン・デマンド)に置き換わっていきます。 リモコンで選んで、チェックアウト時に精算——それがスタンダードになりました。

そして今。アパホテルのようにVODを完全無料化したり、 自分のスマホをテレビにミラーリングしてNetflixを大画面で楽しめたり。 コンテンツの提供主体はいつの間にか「ホテル」から「宿泊客自身」へと移っています。 お金を払って情報を得ていた時代から、情報は空気のように漂っている時代へ。 たかだか20〜30年で、ここまで変わるものかと感じます。

02インターネット接続の進化

1990年代のホテルには「モジュラージャック」が客室に付いていました。 パソコンに電話ケーブルを繋いでダイアルアップ接続——接続音が懐かしいという方もいるでしょう。 2000年代に入ると有線LANポートが普及し、LANケーブルを自前で持ち込む宿泊客の姿が見られました。

転機はiPhoneやスマートフォンの普及です。2013年、富士屋ホテルが小型Wi-Fiルーターの貸出を始めたところ、 20台がほぼ毎日全台貸し出されるという状況になりました。 もはやWi-Fiは電気や水と同じ「インフラ」。これを証明する出来事でした。

1990年代
モジュラージャック(ダイアルアップ)
2000年代前半
有線LAN(LANポート+ケーブル持参)
2010年代前半
貸出用Wi-Fiルーター(スマホ普及への暫定対応)
2010年代後半〜
全館無料Wi-Fi(全客室AP設置・複数デバイス前提)
2020年代〜
Wi-Fi 6対応・スマートTV・リモートワーク対応

有線LANポートは現在も残っているホテルが多いですが、 使っているのはセキュリティを重視する出張ビジネスマンくらいでしょうか。 Wi-Fiの通信品質も向上し、今ではオンライン会議やフルHD動画の同時視聴が 複数台でも快適にこなせる時代になりました。

03消えたミニバーと冷蔵庫の今

昭和〜平成初期のホテルの冷蔵庫を開けると、ビール・ウィスキーの小瓶・ジュースが詰まっていました。 これが「ミニバー」です。定価の2〜3倍という価格設定でしたが、 深夜に飲みたくなったら選択肢がないという事情もあって、それなりに利用されていました。

ミニバーが消えた最大の理由はコンビニの普及人件費です。 補充する客室係、在庫確認をするマネージャー、そのコストに見合う収益が 24時間コンビニの登場で一気に消えました。 今や都市部のホテルであれば徒歩1分以内にコンビニがある時代です。

現代の冷蔵庫は「空」が基本。宿泊客が好きなものを外で買ってきて冷やす、 いわば「個人用冷蔵スペース」としての役割になりました。 これはミニバーの衰退ではなく、宿泊客の自由度が増した結果とも言えます。

昔の冷蔵庫
  • ビール・ウィスキー・ジュースが充填
  • 定価の2〜3倍の価格設定
  • チェックアウト時に内容物確認
  • 補充・管理に人手がかかる
今の冷蔵庫
  • 基本は「空」
  • 自分で買ってきたものを冷やす
  • コンビニが近くにあるのが前提
  • 管理コストほぼゼロ

04アメニティとプラスチックの問題

洗面台に整然と並ぶ個包装のアメニティ。歯ブラシ、カミソリ、ヘアブラシ、 シャワーキャップ……。これはかつてホテルの「おもてなし」の象徴でした。 「こんなに揃ってる!」という満足感は確かにあったと思います。

しかし2022年4月、プラスチック資源循環促進法が施行。 年間5トン以上のプラスチック製品を提供する宿泊業者に排出削減が義務付けられました。 これを機に多くのホテルが「アメニティバー」へと舵を切ります。 客室に置くのではなく、フロント付近にまとめて置いて宿泊客が必要な分だけ自分で取る方式です。

「置かなくなった=サービス低下」ではなく、 使われないまま捨てられるアメニティをなくすという発想の転換です。 素材も石油由来プラスチックからバイオマス素材・木製・再生プラスチックへ。 シャンプー類もミニボトルから壁掛けディスペンサーへの移行が加速しています。

ひとつ難しいのは、ラグジュアリーホテルが「ブランドのアメニティを持ち帰れる喜び」を 提供しているケースです。環境への配慮と「特別感」をどう両立するか—— ホテル業界がいまも答えを模索している課題のひとつです。

アメニティバーを使いこなすコツ
アメニティバーはロビーやフロント付近にあることが多いです。 チェックイン時に場所を確認しておくと、後から「あれ、どこにあるんだろう」と 迷わずに済みます。

05鍵の進化:物理鍵からスマートキーへ

「重い金属製のキーホルダーが付いた鍵」を覚えているでしょうか。 あの大げさな重さは「外出時にフロントへ預けてください」というメッセージでもありました。 その後、薄いカードキーの時代を経て、今ではスマートフォンが鍵になっています。

スマートキーの最大のメリットはフロントに寄らなくていいこと。 予約確定時にQRコードや暗証番号が自動送信され、 到着したらそのままエレベーターへ——という体験は、一度慣れると戻れません。 アパホテルの「1秒チェックイン」もこの仕組みを活用しています。

ホテル側にとっても、鍵の紛失・シリンダー交換のコスト消滅、 入退室履歴のクラウド記録によるセキュリティ強化、 夜間の無人化など、メリットは計り知れません。 労働力不足に悩むホテル業界にとって、スマートキーの普及は必然の流れでした。

🗝️物理鍵重いキーホルダー付き。外出時はフロントへ預ける
💳磁気カードキー薄く携帯しやすい。紛失しやすいのが難点
📱スマートキースマホやQRで解錠。フロント不要・入退室履歴もクラウド管理

063点ユニットバスの盛衰

浴槽・洗面台・トイレがひとつの空間に収まった「3点ユニットバス」。 ビジネスホテルに泊まったことがあれば、一度は経験したことがあると思います。 実はこの設備、1964年の東京オリンピックに向けてホテルを大量建設する際に、工期短縮と省スペース化を目的に開発された日本発のイノベーションです。

全体が防水構造なのでシャワーで丸洗いできて清掃が楽、コンパクトでコストも低い。 運営面では非常に優れた設備でした。 ただ宿泊客、特に女性や複数名での利用からは 「トイレと一緒は嫌」という声が根強くありました。

近年の新築ホテルでは、限られたスペースでもシャワーブースを独立させたり、 洗面台を客室内に出したり(アウトセット洗面)する設計が増えています。 3点ユニットバス特有の「狭くて使いにくい」印象を払拭しながら、 コンパクトさは維持する——という工夫です。

訪日外国人旅行者の増加も影響しています。 「バス・トイレ別」は今や世界標準に近い感覚で、 予約サイトの絞り込み条件としても定着しました。

07昭和のホテルにあった懐かしの設備たち

テレビカードやミニバー以外にも、昔のホテルには今では見かけない設備がいくつもありました。

マッチと灰皿

客室のデスクにはホテル名入りのマッチが置かれ、灰皿も当然のように備え付けられていました。 健康増進法の施行と全館禁煙化の波で、これらは完全に姿を消しました。 マッチはちょっとした「記念品」としての役割も担っていたのですが、 今となってはコレクターアイテムです。

ズボンプレッサー

全客室常備が「ちゃんとしたビジネスホテル」の証でした。 現在は各フロアのエレベーターホールに1台置いて共有貸出、というスタイルが主流です。 素材のシワになりにくい加工技術の進化と、スーツ離れも後押ししました。 「謎の板」として話題になったこともありましたね。

客室固定電話

チェックイン時に部屋番号を伝えれば、外から電話をかけてもらえる——。 スマートフォン全盛の今、ほぼ使われなくなりましたが、 撤去するにも工事が必要なため、まだ置いてあるホテルも多いです。 モーニングコールの依頼先として、細々と生き続けています。

電話帳・観光案内

分厚い電話帳と、近隣のレストランや観光地を紹介する冊子がデスクに置かれていました。 今は検索すれば何でも出てくるので、その役割はスマホに完全に移行。 代わりにテレビのホーム画面やQRコードで館内案内を提供するホテルが増えています。

08まとめ:ホテルはどこへ向かうのか

昭和〜令和にかけて、ホテルのアメニティと設備は大きく3つの方向に変わってきました。

「不可視化」

テレビカード・物理鍵・ミニバーといった手で触れる物が消え、Wi-Fi・スマートキー・コンビニといったインフラや外部サービスに溶け込んでいった。

「選択制・オンデマンド化」

アメニティバーに代表されるように、ホテルがすべてを用意するのではなく、宿泊客が必要なものを必要な分だけ選ぶスタイルへ。自由度が増した。

「サステナビリティの価値化」

かつて「コストカット」に見えたアメニティ削減が、「環境への配慮」として肯定的に受け入れられるようになった。バイオマス素材・脱プラが加速。

物理的なモノがどんどん消えていく一方で、 「質の高い睡眠」「清潔な水回り」「人間らしい温かいサービス」の価値は むしろ高まっています。

ホテルという空間は「物の豊かさ」を競う場所から、 デジタルとサステナビリティが調和した「体験のインフラ」へ変わりつつある。 次にホテルに泊まる時、冷蔵庫を開けながら、テレビをつけながら、 鍵をかざしながら——そんなことを少し思い出してみてもらえたら嬉しいです。

📝ひとこと

テレビカードで映画を見ながら缶ビールを飲む、という昭和〜平成のビジネスマンの夜を、 私はギリギリ知っている世代です。あの「カードを入れた瞬間の解放感」は独特でした。

今はスマホ一台でほぼ何でもできてしまう。便利になったのは確かですが、 あの「ちょっとした手間」が旅の記憶に残っていたりもするんですよね。